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積極的思考の力⑤

A子はどこの宗教にも属しませんでしたが その宗教的人生観(プラトン的人生観)を受け入れた時 A子の身に変化が訪れました。 自分の過去を客観視できるようになったんですね 当時、A子は、過去の「イジメ」が 自作自演であることを自覚してませんでした。 乖離性同一障害(多重人格症)です。 自分が親から愛されていない現実を直視することができなかったA子は、 幼い頃、母親が自分に冷たく当たる度に、記憶がすり替わるようになっていたんですね。 親から愛されている、別の人生ストーリーを作り出す必要があり、別人格作りながら 生きていたわけです。 よく、「死への恐怖が強い老人は認知症になりやすい」と言われますが、 記憶障害は、恐怖心が要因になっていることが多々あると言います。 つらい現実を直視すれば心が壊れてしまうので、記憶障害をおこして自分の心が壊れるのを防ごうとするわけですね 普通は、自分でイジメを自作自演していたら、それが罪悪感になるはずなのですが、 自作自演したことすらも「記憶になかった」。 本気でいじめられていると思いこんでいた。 自分はいじめを受けたにも関わらず、その訴えも退けられて 中学を退学させられてしまった、、 本人は、高校時代、本気でその人生ストーリーを信じていたわけです。 記憶のすり替えの中で、生きていたA子。 ところが、A子は、宗教的人生観に触れて、自分の本当の過去を取り返すことになりました。 何故なら、いい子を演じて親に愛さようとする必要が無くなり、「虚構の過去を作って自分を守る」必要が無くなったから。 自分の魂は神から与えられたもので 親の遺伝子によってできた肉体が自分なのではない。 親に愛されなくても、自分の存在には価値がある そう信じることで、 「親から愛されなければならない」というしがらみから 自分を解放することができたわけです。 不思議なことに、A子が すり替えられた様々な記憶を 取り戻すに従い、 彼女を当時悩ませていた全身痛も、快方に向かいました。 (当時、彼女は、度々、謎の全身痛に襲われて動けなくなり、それが日常生活を送る上での障害となって、A子を悩ませていた) 失意の中から彼女を立ち直らせたものは「希望」であり、「夢」でした。 彼女は、自分が母親から愛されない原因を ●自分が父親に似ていること ●自分が出生時、母親に抱かれなかったこと だと考えま...

積極的思考の力④

心身症のA子の話の続きに入る前に 一度ここで 私の中学時代の話をします 私は 子どもの頃からプライドが高く、「自分をよく見せたい」という気持ちの強い人間でした。 そのプライドの高さ、虚栄心に流れやすい性格ゆえに 最初に経験した挫折が中学転校時の「いじめ」体験でした。 思春期というのは、自我が本当に鋭敏な時期ですが 私も、自己顕示と自己嫌悪を行き来しながら、確かな自信が欲しくて もがきながら思春期を過ごしました。 大人になってしまえば、思春期の悩みも苦しみも、懐かしい思い出にかわってゆくのですが 当時にしてみれば、友人の些細な言葉に傷つき、他者との比較に傷つき、「承認欲求」に翻弄されながら、懸命に生きようとした日々でした 中学校でいじめにあって友達がいなくなると、その反動から、 今度は「どうすれば他者から嫌われないか」ということばかりを考えるクセがついてしまったんですね 「他者から嫌われないために自分がどう振る舞うか」ということを 自分の行動選択の物差しにして生きてようとしている自分が、 とても薄っぺらく感じてとても嫌いでした。 損得感情の物差しだけで場当たり的に日々を過ごしている自分、 ポリシーも何も持たない、浮草のような薄っぺらな自分、 そんな自分を何とかしたい。 そんなことを考えていた時に出会ったのがA子でした。 彼女の持っている暗い陰は、何かしら私を惹きつけるものがありました。 A子の通った中学はミッション系の学校だったので、A子はキリスト教の影響を受けていました A子は、当時、自分の心身症を直したくて、ユング心理学の本や宗教の本などをたくさん読んでいました ちょうど、その時期、私とA子は、2人の新興宗教関係者と接するようになっていました。 1人は「生長の家」という神道系の新興宗教に所属する友人でした。 もう1人は、当時発足したばかりの新興宗教「幸福の科学」に所属していた英語教師でした 幸福の科学の信者だった高校教師と、生長の家信徒の友人。 この2人の宗教思想が、心身症のA子の悩みを解くにあたり、大きな影響を与えました。 A子は、これらの宗教的な教え(キリスト教思想、日本神道系の生長の家、立宗したばかりの幸福の科学)によって、 自分の依存症を克服しようとし、 実際、彼女が心身症を癒す過程を、 私もみることができました。 だから、A子が心身症を治した過程を ブロ...

卒業、進学、成人おめでとう②

 〜エリートを目指す人も目指さない人も〜 今後、世界的な不況とともに日本もまた 学歴エリートに対する反感が強くなっていくかもしれません。 その時に、 学歴エリートの道を歩む人達に参考になるのは、 新渡戸稲造的な国際人の姿ではないでしょうか。 そのためには、 ①徳を磨くこと ②宗教的教養を培うこと という2点を大切にしてほしいのです。 大学に合格したぐらいで、勉強を終わらせないでほしい。 世界をよくするために勉強し続け、考え続けられる皆さんであってほしい。 それが、未来の日本を背負っていかんとする皆へのお願いです 〜最後は悔いの無い生き方を〜 もちろん、高学歴を求めない人もいると思いますので、それはそれでよいと思います 最後は 自分に悔いの無い生き方を目指していくこと、 それが一番大切なことだと思います。 私はよく思うんですよね。 自分が墓場にはいる時に、 自分の人生を振り返って 「ああ。この人生は自分にしか歩めない人生だったな。。」 もし そう思えたなら、自分の人生は成功だな、、と。 〜統一教会の解散命令に思う〜 ただし、悔いの無い人生を生きられる前提は、その国に「信教の自由」「言論の自由」がなければなりません。 最近、統一教会の解散命令が出ましたよね。 私は最近の日本政府に対しては明治政府の廃仏毀釈に似た危険な流れを感じています。 私は統一教会の教義は嫌いですが、どんな宗教の信徒であっても、それが自分の意志で選んだ信仰である限りは、自分の信念に沿って生きる自由を国民から奪ってはならない、と考えています。 その信仰に間違った所があるならば、どこかで責任を取らされる時がくるかもしれませんが その責任を取らせるのは政治家の仕事ではありません。 神でもない政治家が、 個人の信仰(個々人の価値観)を奪うことだけは 決してやってはならない暴挙だと私は思っています。 だから、 私は、日本の政治家が 言論の自由、信教の自由、経済の自由を 守れる人であることを 強く望んでいますし、 そのためには、 国民一人ひとりが政治参加できる社会である ことが重要なことだと考えています。 〜食糧危機の時には〜 現代は、文明衝突の時代です。 また、エネルギー争奪戦の時代でもあり、 戦乱の時代は、今後、数十年は続くことになるかもしれません。 以前も言いましたが、この厳しい時代に 食糧危機で餓...

卒業、進学 成人 おめでとう①

 読者の皆さん、 ご卒業、ご進学 おめでとう ございます。 希望の進路に進めた方は 本当におめでとうございます。 私も皆の成功はとても嬉しいです。 この成功体験を大切に、 今後も、小成することなく、 さらに成功が続きますように 己を磨き続けられる皆でありますように。。 また、希望の進路に進めなかった人も、 自分の人生を嘆くのではなく、 与えられた環境の中で 皆さんの個性や能力が発揮できるよう努めることが 社会に出てからの成功にも繋がります。 大学の合否で自分の人生が決まってしまったかのように考えるのは 余りにも早計だし 人生はまだまだ本当にこれからです 鶏口牛後という言葉がありますが、 牛後になれずとも鶏口として自分を発揮できるように努力してみてください。 おそらくそれは実社会に出た後、とてもとても大きな糧となると思います 現代は少子高齢化でいろんな分野で人材も不足しており、欧米では事務職はAIに取って代わられ、 大学に行くよりも職業訓練校で技術を学ぶことを選ぶ人も増えているような時代です ブルーカラーの方が高収入になるような時代なので、学歴に執着するよりは、 自分のやる気次第で、いくらでも道も拓けるような時代になってきています。 ですから、受験の成功失敗に関わりなく、ぜひ、今一度、自分の人生の夢を思い描いてみてください。 〜大学合格はゴールでは無い〜 おそらく 私のブログに来ている読者の皆は、 小学生からダブルスクールで夜遅くまで塾で勉強し やっとの思いで有名私立進学校に合格した人達が多いことと思います。 そして、名門有名中学を卒業した人のうち何割かは、悲しいことに 大人になった時に 自分の人生を振り返ってこう言うのです。 「受験の成功が人生のピークでした」と。 そういう人を社会人になって沢山見てきた者として云わせてもらえば、 学生時代に活躍するタイプの人、有望だと期待されるタイプの人が 社会人になって成功するとは限らないんですね。 若い頃の学歴は、家庭環境が大きく影響しており、家庭の力がかなり成功を下支えしてきてくれた面が大きいものですが、 大人になればなるほど、皆さんは、そうしたバックボーンは当てにできなくなってきます。 ですから皆は受験での成功は、人生のゴールでは無い、ということもしっかり自覚しておくべきだと思います。 〜学歴エリートこそ徳を磨け〜 ...