卒業、進学 成人 おめでとう①
読者の皆さん、
ご卒業、ご進学 おめでとう ございます。
希望の進路に進めた方は
本当におめでとうございます。
私も皆の成功はとても嬉しいです。
この成功体験を大切に、
今後も、小成することなく、
さらに成功が続きますように
己を磨き続けられる皆でありますように。。
また、希望の進路に進めなかった人も、
自分の人生を嘆くのではなく、
与えられた環境の中で
皆さんの個性や能力が発揮できるよう努めることが
社会に出てからの成功にも繋がります。
大学の合否で自分の人生が決まってしまったかのように考えるのは
余りにも早計だし
人生はまだまだ本当にこれからです
鶏口牛後という言葉がありますが、
牛後になれずとも鶏口として自分を発揮できるように努力してみてください。
おそらくそれは実社会に出た後、とてもとても大きな糧となると思います
現代は少子高齢化でいろんな分野で人材も不足しており、欧米では事務職はAIに取って代わられ、
大学に行くよりも職業訓練校で技術を学ぶことを選ぶ人も増えているような時代です
ブルーカラーの方が高収入になるような時代なので、学歴に執着するよりは、
自分のやる気次第で、いくらでも道も拓けるような時代になってきています。
ですから、受験の成功失敗に関わりなく、ぜひ、今一度、自分の人生の夢を思い描いてみてください。
〜大学合格はゴールでは無い〜
おそらく 私のブログに来ている読者の皆は、
小学生からダブルスクールで夜遅くまで塾で勉強し
やっとの思いで有名私立進学校に合格した人達が多いことと思います。
そして、名門有名中学を卒業した人のうち何割かは、悲しいことに 大人になった時に 自分の人生を振り返ってこう言うのです。
「受験の成功が人生のピークでした」と。
そういう人を社会人になって沢山見てきた者として云わせてもらえば、
学生時代に活躍するタイプの人、有望だと期待されるタイプの人が
社会人になって成功するとは限らないんですね。
若い頃の学歴は、家庭環境が大きく影響しており、家庭の力がかなり成功を下支えしてきてくれた面が大きいものですが、
大人になればなるほど、皆さんは、そうしたバックボーンは当てにできなくなってきます。
ですから皆は受験での成功は、人生のゴールでは無い、ということもしっかり自覚しておくべきだと思います。
〜学歴エリートこそ徳を磨け〜
今日本は長期不況が続き、貧困層も増えています。
フランス革命の時代、貧しい庶民は、格差が開くと 王族や貴族への嫉妬を増大させ、それが革命へのエネルギーとなりました。
アメリカでも 昨今は、現代の貴族に当たる高学歴エリートに対する憎悪や反発が膨らみつつあります
それを「弱者のルサンチマン」と言って切り捨てるかどうかは、各自の自由でしょうが、
社会にルサンチマンが増大してゆく理由として エリートの側にも、問題があるのも事実です
知性の高い人が、自分の頭の良さを、自分の利益や自分の既得権益の為に使ってきた結果、
現代において 学歴エリートへの不信感が根深くなってきてしまい、
反知性主義が台頭してきたこともまた、
否めない事実だと私は思うのですね。
だからこそ、
これからの時代を生きる
高学歴エリートの皆は、
今後、
他の人たちの批判や嫉妬に耐えられるだけの
徳を持たなければ、生き残れない厳しい時代になってきている、、
ということを、肝に銘じなければならないのではないでしょうか。
〜多様性の尊重とは〜
私はリベラルがよく唱える「多様性の尊重」は とても大切なものだと思っています。
ただ、欧米の学歴エリート達(リベラル教育を受けた人達)が唱えた「多様性の尊重」は
多くの場合、
「性の多様性」であり「LGBTQの尊重」が
主眼であった為に、
トランプやプーチンなどに代表されるキリスト教保守の人達の反発を招きました
私は、前任校で仕事をしていた時、
本当の「多様性の尊重」というのは、
「多様な宗教(文化)」「多様な民族」「多様な言語」の人達が、お互いを排斥し合うのではなく、相互理解できる社会を目指すことである、と
考えていました。
だから、ウクライナ政府がマイダン革命後に「ロシア語の禁止政策」を掲げた時に
欧米のポリコレ民主主義に失望し、
このブログでは
反リベラルの立場で文章を綴りました。
欧米のポリコレ民主主義が、ロシア文化との衝突を招き、
ウクライナ戦争に繋がっていった流れをみるにつけ、
人々が、宗教理解を深めることこそ、
むしろ世界の平和にとって とても大切なことだと考えたからです
聖書からの自由(中絶推進、性の多様性の推進を目指すリベラル)の掲げる民主主義よりも、
宗教理解を主張する保守の愛国民主主義の方が、平和につながっていくように、私には思えたからです。
〜参政党の反リベラルは何故危険か〜
プーチンやトランプは、聖書を盾にした反リベラルでしたが、
日本の反リベラルはそれとは少し違います。
そもそも
日本神道には聖書神学のような学問的な教義がなく、
古事記も日本書紀も 仏教のような深い哲学は持たず、儀式儀礼しかありません。
拝礼の仕方とかお祭りのやり方とか作法しか無いのが神道なので、
参政党が 教えの無い日本神道やスピリチュア信仰を盾にして
反グローバリズムを掲げようとすれば、
それは反科学反知性反西洋医学などにつながっていく恐れもあります
〜明治帰りを目指す参政党〜
明治維新は、フランス革命のようなおびただしい数の死者を出さなかった点で、
近代化革命としては、優れた部分も多々ありましたが、
反面失敗もありました。
最大の失敗は、明治政府が国家神道を国の柱にして、国をまとめようとし、
廃仏毀釈のような仏教弾圧を招いたことです。
明治政府が世界宗教である仏教を弾圧してしまった時点で、
後年、「日本がグローバリズムの中で淘汰されてゆく」運命を辿るような、
外患の芽は、
芽生えていたのではないか、と
思うのです。
聖徳太子は 1400年前に
教えの無い日本神道に
仏教の思想を取り入れ、
グローバリズムの中で生き残れる日本の精神を作りましたが
明治維新は、
その聖徳太子の精神を骨抜きにした皇室信仰で、
日本の近代化を図ってしまったわけです。
〜新渡戸稲造の精神に学ぶ〜
先の大戦の時、日本は「八紘一宇」を唱えましたが、
教えの無い国家神道(天皇崇拝)が、
キリスト教国に勝って世界に平和をもたらせる(世界の覇権をとれる)と考えた所には
ある種の傲りがあった、と思います。
新渡戸稲造は、日本の武士道の精神を欧米諸国に伝え、キリスト教国との橋渡しをしようと努めましたしたが、
新渡戸稲造は、太平洋戦争前に亡くなってしまいました。
一方で
神谷宗幣氏は
「外資系で働く若者は、ちゃんとした国家観を持っていない。」
と言って
外資系企業に勤める若者を
売国奴のように揶揄していますので、
新渡戸稲造的な「教養の高い国際人」とは
違います。
氷河期世代で正規雇用に就けず苦しんだ神谷氏の世代が、
自分達の経済的貧困の不満の矛先を
移民や外国資本に向け、
日本の明治帰りを目指す、、
これが神谷氏の唱える反グローバリズムならば、
私はとても賛同できるものではありません。
参政党が
信教の自由の無い憲法を掲げ、
教えの無い国家神道を柱にして
反グローバリズムを謳うならば、
それは、
ナチスのように
血脈で人を差別するような
安易な価値観に取って代わられ易い、
非常に脆い国家観だと思うからです