儒家と法家③
~法律に対する孔子の考えと韓非の考えの相違~
授業でも話しましたが、法家思想の韓非は、儒家を強く批判しています(秦の始皇帝が儒者を数百人生き埋めにしたのは、法家思想の李斯の勧めによります。)が、この「法律」に対する考え方について、孔子と韓非がまるで正反対である、ということをあらわした、こんなエピソードがあります。
~『論語』より~
〔原文〕葉公語孔子曰、吾党有直躬者。其父攘羊、而子証之。孔子曰、吾党之直者異於是。父為子隠、子為父隠。直在其中矣。
〔書き下し文〕葉公、孔子に語りていはく、「わが党(=村)に直躬(ちょくきゅう)なる者あり。その父羊を攘(ぬす)み、しかして子(こ)、これを証せり。」と。孔子曰く「吾が党の直き者は、是に異なり。父は子の為に隠し、子は父の為に隠す。直きこと其の中に在り。」と。
〔訳〕(下村湖人訳を主としている)
葉公が得意げに孔子に話した。「私の村に正直者がおりまして、その男の父がどこからか羊が迷い込んできたのを、そのまま自分のものにしていましたところ、かくさずに、それ(父親の盗みについて)を証明したのです」すると孔子が言われた。「私の村の正直者は、それとは趣がちがっております。父は子のためにその罪をかくし子は父のためにその罪をかくしてやるのでございます。私は、そういうところにこそ、人間としてのほんとうの実直さがあるのではないかと存じます。」
そして、この『論語』の「子路篇」に書かれた孔子のエピソードを、後に生きた韓非は次のように著します。
~韓非子より~
〔原文〕楚人有直躬。其父窃羊、而謁之吏。令尹曰、之殺。 以為直於君而曲於父、執而罪之。以是観之、夫君直臣 父之暴子也。~中略~上下之利、若是其異也。而人主兼挙匹夫之行、而求到社稷之福、必不幾矣。
〔書き下し文〕 楚人に直躬有り。その父羊を窃み、而して之を吏に謁ぐ。令尹いはく、「之を殺せ」と。以為(おもへ)らく、君に直なれども父に曲なり、執りて之を罪せり。是を以て之を観るに、それ君の直臣は父の暴子なり。上下の利、是くのごとくそれ異なるなり。而るに人主兼ねて匹夫の行ひを挙げて、而も社稷の福を致さんことを求むるも、必ず幾せられざらん。
〔訳〕楚の人に正直者がいた。その父は羊を盗んだので、それを役人に告発した。令尹(葉公を指す)は「この者〔父を告発した息子)を殺せ」と言った。(葉公は孔子に傾倒していたので)「君主には忠実だが、父には不孝の者だ」と考えたのだろう、この息子を捕らえて罰したのである。このことから考えると、君主に忠実な者は親には背く者なのである。上の者と下の者の利益はこのように異なっているものである。それなのに、君主が(「孝」のような)つまらない人間の行いを取り上げて、それによって国益を求めようとしても実現不可能であろう。
どうでしたか? 同じエピソードが、ここまで異なった解釈になるんですね。ちょっとびっくりしませんか?
でも、どこか昨年の香港の「聖書の書き換え」に、似たものを感じませんか。
孔子もキリストも「他を許す」ことの大切さを説いた人のはずなのですが、、。
このように、物事というものは、見る人の思想や信条によって、全く違う風景が現れてきてしまうものなんですね。
~なんとしても儒家を悪者にする韓非~
孔子は「孝に背いた者を死刑にせよ」などと説いてはいません。しかし、韓非の解釈では、「儒者は、法律を守る正しい人でも、(孝に反したといって)処刑するような人たちだから危険だ」「彼らをのさばらせたら、国の秩序が乱れる」として、批判しているわけです。
「矛盾」を読んでも感じるのですが、韓非って、ちょっと考え方が「極端」な感じですよね。どこまでも儒家が嫌いだったようです。
確かに、孔子の孝の思想は、あまりいきすぎると、韓非が警告したように、家族や親属間の不正に目をつむり、賄賂がはびこる原因ともなる部分があったことは事実でしょう
韓非は、国の安定のためには厳正な「懲罰」こそ大切であって、「家族のつながり」を大切にする「孝」の思想などは、国にとっては、無益であり、有害でもある、と考えたわけです。
独裁者の始皇帝にとっては、「心のあり方」としての徳を説く儒家よりも、実効的な力を持つ法制度を整えて国を強くしようとする法家思想にの方がはるかに優れて映ったことでしょう。
戦国時代、法家思想の商鞅のもと、秦は力を強めました。その後、始皇帝の時代には秦は、法家の李斯を起用し、天下統一を果たしました。
法家思想を体系的にまとめたのは韓非ですが、彼の書いた「韓非子」とは、要するに「官僚支配による強力な専制君主制をつくるための方法をまとめた書である」とも言えるかもしれません。
歴史的にみても、法家思想の影響は大きく、ある意味、韓非は天才だと思いますが、毛沢東が法家好きだったことからもわかるように、絶対支配を目指す権力者が惹かれる思想であるということですね。
④に続く